端午(たんご)の節供(句) 五節供(句)の一つ  
      
  こどもの日ともいわれ、五月人形を飾り、鯛幡(こいのぼり)を立てて、男児の成長を祈るお祭りです。
中国の暦では、5月は午月であり忌日として災厄から免れ、不浄を祓いました。
中国では、古代より穢れを祓うために端午の日に野に出て薬草を摘み、野遊びをしたり、蓬で人形を作り、
菖蒲を浸した酒を飲むなど災厄を祓うために様々な行事が行われました。
雛祭り同様江戸時代になって、民間でも行われるようになりました。 
 
     
   「鯉のぼり」  
  江戸中期になると庶民の間から町民のアイデアで鯉のぼりが生れました。
中国に古くから伝わる登竜門の伝説になぞらえ、竜門の滝を登り切ると鯉が竜になるように、
我子も健康に育ち、将来は大きく出世して欲しいとの気持を込めたものです。
また、「わが家に男の子が生まれました。どうぞお守りください。」と天の神様に伝え、
守っていただく意味があるとも伝えられています。 
この頃は和紙に鯉の絵を描いたものでしたが、大正時代に破れない綿の鯉のぼりが生まれ、
昭和三十年代の半ばには雨にぬれても色落のしない合成繊維の鯉のぼりが誕生し、現在に受継がれています。  
 
     
  「粽(ちまき)」   
  端午の節句の食べ物としては、柏餅やちまきを思い浮かべます。
これらは、日本で最も古いお菓子の形をのこしたものといわれています。
なかでも、端午の節句のちまきにはこんな伝説があるのです。

中国は戦国時代、紀元前278年のことです。楚(そ)の国の高名な詩人、
屈原(くつげん)は国王の側近としてつかえ、人々からも慕われていました。
しかし陰謀のため国を追われることになった屈原は、ついに汨羅(べきら)という川に身を投げてしまったのです。
その日が5月5日。屈原の死を悲しんだ人々は、たくさんのちまきを川に投げ入れて弔いました。

この物語が、端午の節句にちまきを作って食べるという風習の起源だと言われています。 
 
  大阪で端午の節句に関係する神社は見あたりませんでした。
しかし、粽(ちまき)に関係するお宮はあります。
方違神社(堺市北区)の例大祭は「粽祭り」といいます。 
 
     
     
  柏餅や粽は美味しいですね。
柏餅についても一言。
5月5日の端午の節句の供物として用いられてます。
カシワの葉は新芽が育つまでは古い葉が落ちないことから、子孫繁栄(家系が途切れない)という縁起をかついだものとされています。
柏餅の方が端午の節句には良いかも。 
 
     
     
  皆様、菖蒲と花菖蒲とは違うって知ってました。
菖蒲(ショウブ)はアヤメ科ではなくてサトイモ科なんです。
葉は剣状で、かすかに芳香あり、花は地味なものです。
菖蒲と書いて「あやめ」と読む場合もあります。
「ほととぎす 今来鳴き初(そ)む 菖蒲草(あやめぐさ) かづらくまでに 離(か)るる日 あらめや」 大伴家持 万葉集
「ほととぎす 待てど来鳴かず 菖蒲草(あやめぐさ) 玉に貫(ぬ)く日を いまだ遠みか」 大伴家持 万葉集
(菖蒲草(あやめぐさ) = 菖蒲(しょうぶ)) 
 
     
  端午の節句(5月5日)の日に、 菖蒲の葉をお風呂に入れる風習があり、 薬効と香りによって、邪気を払うと いわれる菖蒲湯(しょうぶゆ)にするショウブはこちらです。

菖蒲(ショウブ)の葉(左)花(右)
 
 
     
  花菖蒲はアヤメ科なのです。

花菖蒲
 
 
   「ややこしいですね」