7月(文月)


   二百十日(にひゃくとうか) 雑節の一つ。9月1日前後   
     
  立春から数えて210日目のこと。
台風襲来の時期で、稲の開花期にあたるため、昔から二百二十日と八朔(8月1日旧暦)とともに農家の三大厄日とされています。
稲の穂が出始める頃で、農事の上で大切な時期です。
二百十日は、ご存知のように立春から数えて、210日目ということで、毎年9月1日と相場が決まっていたのですが、閏年に限って8月31日になります。
これは、これまで閏年には立春が平年より一日遅い2月5日に当っていたものが、近年、2月4日に当るようになったからです。
この原因は、歳差と呼ばれる地球の運動によるもので、二十一世紀になると、ますます二百十日が8月31日になることが多くなります。
 
  何事もそうですが「備えあれば憂いなし」台風などの風害や地震などに対して、いつでも対処できるように準備しておきましょう。  
     
     
   古来において、神社仏閣は人が住まいする地域と隣接はするものの、聖地として選ばれた地域に建立されました。
後に、神社仏閣の門前に家が建ち町が出来ますが、後方にただちに人の住む地域が出来ることはなかったようです。
時代が進むにつれ、人口の増加や都市の発展により、神社仏閣に隣接して民家が建つようになりました。
よって、聖なる地域と俗なる地域を別けるための結界としての森が必要だったのです。
 
     
   数年前の春のことです。
朝、境内を掃除していますと、最近住み始めた若い人がやって来て「お願いがあるのです。私にはアレルギーがあります。この木が花を咲かせますとクシャミが止まりません。また、枝も外に大きく張りだし秋には落ち葉が我が家の屋根に落ち樋が詰まります。どうにか成りませんでしょうか」と、言って来た。
境内にある樹齢数百年の栴檀の木のことだった。
「この夏には道に出ている枝を切りますのでしばらくお待ち下さい」と伝えると、道に出ている枝だけでは駄目で出来る限りの枝を切って欲しいという。
神社における樹木の意義などを話し、むやみに切れないと言うのだが聞き入れてもらえそうにない。
神社としても周囲の人の協力も必要。春、秋には落ち葉で迷惑を掛ける。また、花粉症というアレルギーの辛さも分からないではない。
「夏までお待ち下さい。出来る限りこの栴檀の木の枝を払い除きます」と言って別れた。
8月の終わりに植木屋さんがやって来た。
植木屋にはこの度の事情を話し、木の剪定を頼んだ。
栴檀の木を切り出していたときに、代々神社横に住まいの奥様が出てきて「神社の木をそんなに切って、どうしたの。可愛そうに。そんなに切ったらアカンやないの」という。
今までの事情を言うと「そんなことしたらアカンのに、バチ当たりやわ」と悲しげな顔をして帰って行った。
その数日後に台風がやってきて、通り過ぎ去った後大変なことがおこった。
木を切って欲しいと言って来た家の屋根半分の瓦が飛んだのである。
それほど大きな台風ではなかったのに。
憶測でしかないが、防風林として機能していた栴檀の枝を切ったために風穴があき、そこが風の通り道となり思いもよらない強い風が通り抜け、家の瓦を巻き上げたのではないだろうか。
数日後、「私、神社の木は切るものではないと、あの人に言ったのよ。緑の木を見ること。綺麗な空気が吸えること。どれだけ神社の木から恩恵を受けているか話したの。それとね、神様にも手を合わせなさい。アレルギーも治るわよと話したの」と、奥様が私の所にきて耳打ちした。
この奥様は本当に神社に良くしてくれる。
家と神社を隔てる道を毎日のように掃いてくれると共に、となり近所の家の前の道も掃除してくれるのである。
「いつも有り難うございます」というと、帰ってくる返事は何時も同じ「掃除をさせていただいている。これがあるから私は元気なんです」
あの若者が、時折神社に詣っている。
あの日を機会に挨拶を交わすようにもなった。
隣の奥様とも仲良くなり地域の役も引き受けとけ込んでいるようだ。
栴檀の木がアレルギーも原因ではなかったようです。
栴檀の木は今も元気に茂っている。

神社の森はこれからの私たち人間にとって大切な森です。しかし、今神社の森は悲鳴を上げています。
森の木々に神々が宿って居ることすら人々は忘れています。
このままだと都会の神社の森が、人間のエゴによってなくなってしまいます。
木々は生きています。だから葉っぱも落ちます。
これから100年先、もっともっと先の事を考えて神社の森を大切にしなければならないのです。
その為にも、神社近隣の人々をはじめ氏子の皆様の理解が必要なのです。