9月(長月)


  十五夜(じゅうごや) 仲秋の名月    
  平成27年の十五夜(中秋の名月)の日である旧暦8月15日は9月27日(日)に成ります。   
  お月見は旧暦の8月15日に月を観賞する行事で、この日の月は「中秋の名月」「十五夜」「芋名月」とよばれます。
月見の日には、おだんごやお餅(中国では月餅)、ススキ、サトイモなどをお供えして月を眺めます。
また、日本では旧暦8月15日だけでなく旧暦9月15日にも月見をする風習があり、こちらは「十三夜」「後の月」「栗名月」とも呼ばれています。十三夜には、月見団子の他に栗や枝豆をお供えします。
十五夜と十三夜どちらか片方の月見しかしないのは「片月見」または「片見月」と言って嫌いました。
十三夜は日本独自の風習です。 
 
  十三夜が日本のみに誕生した背景には、「中秋の名月」のこの時期日本では台風のシーズンであり、また秋の長雨の時期にもかかりますから、昔からあまり晴天率が良くなかったことがあるようです。
江戸時代の書物には「中秋の名月、十年に九年は見えず」のような記述もあるほどです。 
 
  日本の十五夜の時期は稲の収穫時期で大変忙しく、また、雨が多いことなどが重なり、一ヶ月後に十三夜が出来ました。
秋祭りがこの時期に集中するのも、天候が安定して収穫の神への感謝の祭りを行うことに適しているからです。そうして、暫しの農閑期であることが大きな要因です。 
 
  平成27年の十三夜の日である旧暦9月13日は10月25日(日)になります。   
 
観月祭(月見)
観月祭(月見)
 
     
  十五夜に関わる神社
百舌鳥神社:堺市北区百舌鳥赤畑町5−706
布忍神社:松原市北新町2−4−11 
 
     
  豆知識   
  日本で現在の暦が正式に施行された年は明治6年(1873年)です。
明治6年まで使われていた太陰太陽暦(天保壬寅暦)が廃され、現在の太陽暦(グレゴリウス暦)が正式な暦とされたいきさつは、徳川幕府から政権を引き継いだばかりの新政府の財政難でした。 
 
  江戸時代の公務員(武士)への給料は年俸制でしたが、明治の新政府では月給制になっていました。
旧暦明治5年のことです。
翌年の明治6年は、その当時の暦であった旧暦によれば閏年で1年が13ヶ月ありました(閏月があった)。
今まで通り年俸制であったなら何の問題もなかったのでしょうが、苦しい財政の新政府には月給制にしたばかりに13ヶ月ある翌年は1回余分な月給を払わないといけない頭の痛い話だったわけです。
ここで、頭痛の種を取り除いたのが「改暦」なのです。
太陽暦にすれば、今後「閏月」はなくなり、月給は1年に12回しか払わなくてすみます。
その上、太陽暦による明治6年の1月1日は旧暦では明治5年12月3日で今ここで改暦すれば明治5年の12月は2日しかないので、12月分の月給は支払わないことにして、都合2ヶ月分の給料を合法的に支払わなくともいいようになったのです。
二ヶ月分の給与をカットすることによって、新政府の財政難は回避しました。
江戸時代の武士を公務員として明治政府は引き継いだのですから膨大な公務員の人員数だったのです。
二ヶ月の公務員の給与の総額は相当なものだったのでしょう。 
 
  改暦する事によって財政難は回避できたかも知れませんが、幾つかの日本固有の文化もなくなったようにも思えます。
今一度、旧暦(太陰太陽暦)の良き部分を見直したいですね。
夜空を見て、お月さんが新月だと「朔日(ついたち)・一日」、満月だと「十五日」と分かるんです。
その為には夜空を取り戻さなければ。